不動産の取引といっても、不動産取引の方法や公開される情報など、日本と米国では大きく異なり、日本から見ると米国の不動産取引は非常に透明性が高く、信頼性も高いものとなっています。
そんな米国の不動産取引についてみてみましょう。
不動産の取引といっても、不動産取引の方法や公開される情報など、日本と米国では大きく異なり、日本から見ると米国の不動産取引は非常に透明性が高く、信頼性も高いものとなっています。
そんな米国の不動産取引についてみてみましょう。
日本の不動産業者と言えば、「宅地建物取引業免許」を受けた事業者(宅地建物取引業者)で、取引に関する重要な業務を行うことができるのは、「宅地建物取引士」に限られています。
もっとも、取引に関する公的な資格としては、宅地建物取引士の資格しかありません。
一方、米国では、各州でライセンスが発行される、不動産ブローカー(Real Estate Broker)と不動産セールスパーソン(Real Estate Sales Person/セールスエージェントとも呼ばれる)という2種類の資格があり、ブローカーの方がレベル・地位ともに上級とされています。
ブローカーは日本では宅地建物取引業者にあたり、エージェントが同じく宅地建物取引士に近いものといえます。
両者の違いは、ブローカーでないと、不動産事務所を開設することができないことです。
一方、エージェントはブローカーの下で業務に従事しないと、営業することができないことになっています。
また、ブローカーには売主や買主からの報酬を受け取るだけでなく、エージェントの報酬額を決定する権限も持っています。
要するに、ブローカーは個人事業主のような場合もあり得ますが、エージェントの所属する不動産取引業に関する事務所のようなものをイメージすると分かりやすいかもしれません。
特徴的なのは、多くのエージェントが契約社員という形態でブローカーに所属し、それぞれが個人事業者のようにフルコミッション(完全歩合)で働いているということです。
また、エージェントはブローカーに所属することで、トレーニング・賠償保険・マーケティング・リーガルサポート等の支援を受けながら業務を行っています。
また、日本では、宅建業の営業を行うには、5人に1人以上の宅地建物取引士がいればよいとされており、実際の不動産取引の営業活動については資格のない営業職も行っていますが、米国では、資格のない者が不動産取引の営業をすることはできません。
この点は、不動産の取引において、非常に信用性が高くなるポイントです。
しかも、顧客は、これまでの実績などを基に個人のエージェントに依頼することが多いので、エージェントは個人の信用が収入に直結し、取引をより確かなものにしてくれるのです。
腕のいいエージェントはブローカーの間で引き抜き合戦が行われることもあります。
さらに、入会を認められたブローカーのみが、全米リアルター協会(NAR:National Association of Realtors)のリアルター(Realtor)と称することができます。
NARは、1908年にシカゴで設立され、現在はおよそ120万人の会員が所属しています。
リアルターは、加入時に、NARの倫理規定(Code of Ethics)の遵守に対する誓約を求められ、違反した場合には、MLS(後述)が利用できなくなる等、厳罰が科されるため、リアルターであることでさらに信用が高まります。
不動産ブローカーというと日本では、あまりイメージの良くない印象がありますが、米国では不動産ブローカー資格は、医師、弁護士と並んで三大資格と言われています。
というのも、その資格取得には厳しいハードルがあるからで、州によっては資格試験の受験前にPre-License Educationを受講し、資格取得後も3年間に45時間の講習を受けることが義務付けられています。
取引で日本と異なるのは、資格の違いだけではありません。
ほとんどすべての不動産取引で、基本的に売主側と買主側にそれぞれブローカーが付くこともその一つです。
(売主側をSeller's Broker、買主側をBuyer's Brokerと呼びます。)
日本では、両手取引と呼ばれる1社の取引業者が売主側と買主側の仲介を行うことも頻繁に行われていますが、本来、売主と買主は利益が相反しますので、それを1社の不動産業者がまとめると、いずれかに不利益が発生することもあります。
その点、米国ではほとんどすべての取引で売主、買主双方にそれぞれブローカーが就いて対応しますので、安心して取引を任せることができます。
仲介手数料についても、大きな違いがあります。
日本のように仲介手数料に上限はありませんが、各州法のガイドラインなどによって、概ね6%とする州が多いようです。
米国が特徴的なのは、その仲介手数料を支払うのは売主だけということ。
つまり、米国では不動産の購入者(買主)は仲介手数料を支払う必要がありません。
取引が成立し、売主から報酬として受け取った売主側のブローカーが、買主側のブローカーに一般的にはその半分を支払うという仕組みになっています(割合が異なることはあります)。
売主が事実上、買主側のブローカーに報酬を払う形となることは、一生に何度も不動産売買を繰り返す米国ならではといえるかもしれませんね。
なお、前述の通りブローカーにはエージェントの報酬額を決定する権限があるので、その報酬をブローカーとエージェントとの間では、折半することもあれば、ブローカー30%、エージェント70%とするなど能力や力関係に応じて定まります。
ここでも実力社会が徹底されています。
日本でも不動産業者が登録、閲覧できるレインズ(Real Estate Information Network System:不動産流通標準情報システム)という国土交通大臣から指定を受けた不動産流通機構が運営しているコンピュータ・ネットワーク・システムがあります。
その情報は登録している不動産業者のみが閲覧でき、一般の人が閲覧することはできません。
一方、米国には、前出の全米リアルター協会(NAR)が管理するMLS(Multiple Listing Service)という物件情報のデータベースが整備されており、不動産会社はこのMLSに加入が義務付けられています。
このMLSの情報量や質は日本のレインズとは比べ物になりません。
物件価格、広さ、写真などはもちろんのこと、登記情報、所有者名、修繕履歴、売買履歴(過去の価格データ)、融資実績、災害リスクや税務情報など豊富な情報が登録されています。
そして、情報量が豊富なだけでなく、ブローカーが得た不動産の売買情報は24時間以内にMLSに登録しなければならない(違反すると厳しい罰則がある)ため、物件の網羅性と即時性が非常に高くなっています。
米国では非公開物件を持つことが固く禁じられており、基本的にはすべての物件が漏れなく登録されています。
なお、MLSには、全米不動産協会に所属する不動産事業者向けMLSと、一般公開型MLSに分けられており、閲覧できる情報に少し違いがあります。
また、このMLS情報を基礎に民間業者が個人向けに閲覧させるサイトも多く、買主にとっては非常に不動産情報を得やすい環境が整っているのです。
代表的な閲覧サイトとしては、「Zillow」、「Redfin」などがあり、物件価格や築年数、過去の売買履歴、取り扱ったエージェント(写真付)、物件価格推移、固定資産税推移などの実績を調べることができるほか、売却対象となっていない近隣の不動産の現在の予測価格等まで確認することができてしまいます。
米国の一般の方が閲覧できる情報の方が、日本のレインズより情報量が多く、不動産取引情報に関しては、日本と米国では雲泥の差があります。
米国でもMLSが1990年代にIT化されるまでは、物件の囲い込みのようなことが行われていたようですが、日本が米国レベルになるのは難しいように思われます。
これだけの不動産取引の情報が公開されている米国では、日本のように単に物件情報を持っているということだけでは不動産会社が優位に立つことはありません。
従って、ブローカーの役割は、物件情報提供ではなく、ネゴシエーターやコンサルタント、アドバイザーとしての役割が主な業務となってきます。
例えば、買主側のブローカーなら、物件の内覧同行や、それを踏まえた上で購入にあたっての注意点やリスク洗い出しのほか、依頼者側に立った交渉や、契約後のインスペクション(住宅診断)や売主側から提供されたディスクロージャー情報をプロの目でしっかりと検証します。
当然ですが、購入プロセスのフォローも行います。
一方、売主側のブローカーには、MLSに登録してもらい、広告の作成やオープンハウス、買主との交渉などを依頼します。
できるだけ早くまたは高値で売れるよう、販売活動全般をフォローします。
米国の不動産取引では分業体制が整っており、一つの不動産取引で次のような専門家がいます。
■弁護士
統一された共通の契約書フォームをベースに、リーガルチェックを行う。
■モーゲージ・ブローカー(Mortgage broker)
住宅購入者にヒアリングを行い最適な住宅ローンを提案し、モーゲージ・ブローカーが推薦する住宅ローンの契約が成約した場合、手数料としてその住宅ローンの何パーセントかを金融機関から受け取る。
■アプレイザー(Appraiser:鑑定士)
客観的な鑑定基準・標準化様式に基づく適正な価格査定(ローンの物件担保評価)を行う。
■ホームインスペクター(Home Inspector:住宅診断士)
客観的基準に基づき建物の調査診断・報告書を作成する。
■エスクロー(Escrow)
必要書類の確保、権利関係・各種条件の確認及び精算手続きの実行を行う。
■タイトルカンパニー(Title Company)
権利瑕疵保険(Title Policy)の発行や、物件代金の入金を確認後、買主には物件占有権を引き渡し、売主には代金を送金する。
取引の円滑を第三者的に担保する業者。
物件の権原調査・用途地域の確認、タイトルインシュアランス(Title Insurance:権原保証)や発行、所有権移転を代行、物件履歴情報の蓄積と管理をする。
(※参考:「米国における不動産による保全について」https://crowdbank.jp/sub/us-mortgage/)
日本の不動産取引でも、金融機関や司法書士などに分かれていますが、米国ではそれぞれの有資格者が利害関係を打ち切ってより厳格に機能しているといっていいでしょう。
例えば、日本の不動産取引であれば、住宅の担保評価は金融機関が、立地や建物の構造、広さ、築年数などを基に独自に評価します。
一方、米国では州の許可を有するアプレイザー(不動産鑑定士)が、修繕履歴や設備状況なども加味した上で類似取引や再建築価格、収益還元法などを基に1件ごとに算定します。
それぞれが第三者の目線で客観的かつ相互に牽制することにより、より安全に取引ができるといえるでしょう。
米国の不動産取引では、エスクロー制度が適用されています。
不動産取引の際、売主・買主の権利保護のために、エスクロー会社が、中立の立場として介入して権利の確認や資金の受け渡しなどを行うことで、公平性や安全性を高めています。
具体的には、登記履歴の調査手配、ローン銀行とのコーディネートから、登記、購入代金の振り分けまでの一連の業務も実施します。
このように透明性と利便性の高いエスクロー制度の利用により、海外からの遠隔取引も行える、というメリットがあります。
米国の不動産取引では、契約後に買主が不動産(建物)を調査する期間があり、物件状況を詳細に調査することが一般的です(デューデリジェンスと呼ばれます)。
建物の構造、給排水配管、空調設備、電気系統設備といったものの目視による点検を専門家の視点でホームインスペクター(住宅診断士)が調査します。
加えて、売主が開示する物件状況を基に総合的に物件状況を検討します。
このインスペクションの調査費用は買主負担ですので、インスペクションをするかどうかは買主が判断しますが、米国では買主の仲介手数料負担がないため、その分多くの取引において実施されているようです。
日本でも2018年4月より中古住宅について、「安心R住宅」という制度がはじまりました。
耐震性があり、インスペクション(建物状況調査等)が行われた住宅で、かつ、リフォーム等について情報提供が行われる既存住宅を表示する制度です。
一方、米国では1950 年代の半ばからインスペクションは実施されてきており、1970 年代前半までに不動産取引に不可欠なものなっています。
こうした制度設計においても、米国不動産は先進的であるといえるでしょう。
日本の場合、不動産の購入後、万一物件に何か瑕疵があったとき、契約不適合責任として売主に責任(補修や補償する責任)が追及されることがあります。
(新築住宅の販売の場合は、住宅瑕疵担保履行法に基づき、より重い義務を住宅販売事業者が負っています。)
しかし、米国では、基本的に購入後は買主の責任とみなされます。
その代わりに上記のように契約後の一定期間、しっかりと調査をする機会が設けられているのです。
その調査の結果、契約内容と物件調査結果が大きく異なる場合、買主は契約を取り消すことができます(日本でも大きな問題があれば、契約を解除することはできます)。
現実には、米国は訴訟大国ですので、決済(引渡し)後でも買主が売主の責任を追及する例も出てきます。
米国は、不動産取引の取り扱い資格、情報公開、取引フローなどの面で、日本に比べて、客観性や透明性が高く、取引する売主・買主がより安全に、安心して取引できる環境が整っています。
もちろん、アメリカのすべての取引方法が優れていて、100%安全というわけではありませんが、日本の不動産取引よりも消費者にとっては納得しやすい環境にあると考えられるでしょう。